2022-01-01から1年間の記事一覧
いまとなってはどうでもいいことだが、私は統合失調症の母親と、アル中の父親のもとに育てられ、小学生時代の教員からは心身にわたる虐待を受けて育った。そのような私は、傷を語ることにはいつでも困難が伴う、とよく知ってきたつもりの私であった。 芸術は…
最近の新人の小説を読むにつれて日本語というものの一体なんであったのかが、わからなくなっていく。富岡多恵子の「厭芸術浮世草子」に、日本語で書かれた小説があるのならば読みたい、読みたいと常々おもっていて……という一節があったが、私の感懐というの…
志賀直哉には今でいうボーダーラインパーソナリティ障害的な気質が、多分にあったのだろう。彼の筆致自体は落ち着いているのが、おもしろい。物事をラベリングするかのように、気分で白か黒かをつけてしまったり、唐突に「キレる」ことをしたりするのだが、…
子供のころから悪の文学が好きだった。 私にとって、書物を開くことの快楽とは、そのまま悪の快楽と未だ地続きに繋がっているのだったかもしれない。私は親からも教員からも虐待を受けて育ったので、綺麗事ばかりの学校での道徳や倫理の授業のなかに、正しさ…
「駄目だ、駄目だ、動いちゃ」「苦しい、苦しい」「落ちつけ」「苦しい」「やられるぞ」「うるさい」 彼は楯のように打たれながら、彼女のざらざらした胸を撫で擦った。 しかし、彼はこの苦痛な頂天に於てさえ、妻の健康な時に彼女から与えられた自分の嫉妬…
芥川の全集を経年順に読んでいると、大体「偸盗」あたりでこの作家もここまで成長をしたのかと感心をし、「戯作三昧」になると堂々とした風格に、――作品の善し悪しとはまた別としても――うたれたような感覚になる。と同時に、芥川龍之介がどこまでも芥川龍之…
漱石の「吾輩は猫である」については、若かりし江藤淳の「夏目漱石」が見事にその本質を捉えている。「猫」を読み、「夏目漱石」を読み、ふたたび「猫」を手に取り、いかに年輪を重ねていこうが論理的にも、感覚的にも、以下のような解釈から私は私の「猫」…
イギリスの歴史は「文学」を不動産のように扱ってきた。それがために現代においても、英文学は活きがいい。カズオ・イシグロをその例証として引いてみたい。 そんな夜、もし召使部屋に足を踏み入れ、そこで何が話し合われているかを耳にしたら、きっとどなた…
出先であるから私の推挙する古屋健三訳ではないのだが――「ワーテルローの描写」は何億回と参照し続けられるフランス文学史というよりは世界文学史上でもっとも高名なシークエンスである。 「こらっ、止まらんか! 青二才」と、軍曹がどなりつけた。どなられ…
ジョン・バースの「旅路の果て」に出てくるジェイコブ・ホーナーは、好きな人物像だ。自殺を決意した男の物語「フローティング・オペラ」のすぐあとに書かれた、生きているはずでもなかったようなディレッタント。世間と折り合いをつけて生きてはいるのだが…
提供:小道りと様(最下部に詳細) 一一九八年、ビスケ湾内のある島に、狩猟の苦手な領主がいた。高い鼻をもっていて、しょっちゅう風邪をひいていた。フラミニヤがむかし聖堂で観たモザイク画のなかの廷臣のように、領主は細身で長身だった。だがその頃から…
枯れているのでも、痩せているのでも、もちろん書き飛ばしているのでもない。謂わば、饒舌になにかを語り、語り尽くしたあとになってから、自らの言葉のうちに原石を掘り当て、さらに研磨をする。語られた内容のうちのほんの最低限度までが残るように、しか…
あくまでも一例なのであるが、日本文学、あるいは構造としての小説、と向き合った時に思いうかぶ、ひとつの作品がある。 夏が来て、あのうらうらと浮く綿のやうな雲を見ると、山岳へ浸らずにはゐられない放浪癖を、凡太は所有してゐた。あの白い雲がうらうら…
探偵小説の場において、文飾に凝るという事。 クリスティをはじめとしたいわゆる「ミステリー」畑とも、あるいはロス・マクドナルドやハメットのような「ハードボイルド」路線とも一線を画した、ただ、「散文」をめぐる美的な判断をよすがとして、探偵がさま…
いかにも英語で書かれたそれ、と謗りを受けようが、というよりも受けるであろうがゆえに――近年邦訳されたバーナード・レジンスターのニーチェ解釈(「生の肯定 ニーチェによるニヒリズムの克服」)は、なぜこれまでにこのような、明快なニーチェ解釈が成され…
私が梶井基次郎の文章でとっさに思いつくのは、「愛撫」冒頭である。ここで、猫は、二葉亭四迷の「平凡」のポチのようにも、漱石の猫のようにも描かれてはいない。全き作家の感性によって猫は捉えられ、籠絡され、しかして他愛ない円環のなかにとどまり続け…
アートの起源 作者:杉本 博司 新潮社 Amazon カミュに「不貞」という短篇がある。 夜の浜辺に夫婦ふたりが横になっている。夜空の星辰に思いをはせた妻が、その時にふと、かくのごとく星に惹かれている自らの心の動きこそが「不貞」なのだ、と云いだす。 ひ…
「エルヴィス」(☆☆☆) アーティストの成功譚や、どれだけ努力をしていたか、陰でどういった悩みがあったかといったことに焦点を当てるのではなく、マネージャーとの金銭問題を中心に据えてストーリーを矮小化させているため、大きなカタルシスもなければ、…
「ベイビー・ブローカー」(☆☆) 赤ん坊の売買という題材は面白いし、それを取り巻く人物たちの役回りにも、配役にも瑕疵はないのだが、二時間を存分に苦痛に感じさせてくる映画。 脚本に整理が成されておらず、設定を活かせていない上、構成も冗漫で、監督…