本とgekijou

書評のようなものを中心としたblog

「ベストはまだだ」――ブルーハーブ「THE BEST IS YET TO COME」

 どうとでもできない宿業を抱え込んで東京を歩くこと。一体生きている間にどれだけの文字を書き残すことができるのかという宗教的なまでの占いに身をやつし、戦っている、戦ってきたつもりになってそこに生きるほどに、自分はなぜ若かりし日に比して多くを失ってしまったのだったか、輝きを、純粋さを、詩、のようなものに対する明晰さを、伝票かなにかをちぎって秘密裏にほうり去るように遺棄をしてきたのだったか、それをおもって震撼させられる。もっとも不可思議であったのは、そのようになにもかもを棄てていながらも、身体や心のようなものばかりがからっぽのかたちで残存していてしまう、畏怖なのだ。私はどこかに取り残された私の二の腕で、この、およそ空になった心をつかんでさまようだけなのではなかったか。

 去年の十月に、ブルーハーブのライブを聴きに、渋谷クアトロに行った。1stの頃から聴き始め、DJ稼業に片足を突っ込みながら聴いた「LIFE STORY」に頭をかかえた同時代性は、だれにどのように伝えようと、伝わるものでははないとおもっている。世間では「LIFE STORY」をもって説教臭くなった、ダサくなった、と評するひともあるのだったが、マリファナのほのかな匂いとそこから立ち現れる幻視のヴィジョンよりも、私には、低声で語りかけるほかもなくなった現実の重みのほうがすさまじい、掛け替えのきかないものに響いたし、今でもその響きは、トラックを流す時、私の腕にさっと冷たく鳥肌をたたせる。
 ライブに就いて、多くを語るのは野暮なことだっただろう。全キャリアから名曲をほぼすべて出し尽くし、とにかくベストを尽くそうとBossは歌い続けていた、語ろうと思えばそれ以上の言葉を用意する必要はない。

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 だけど乗り越えて行くのは俺だけ 俺を乗り越えて行くのは俺だけ
 34時 止めらんねえ 残った1番良いとこ俺だけ 俺を乗り越えて行くのは俺だけ
 いよいよかもしれない 火元をよく見てな 信じてない 1番良いのはまだ来てない
 NO THANK YOU  YOU DON'T KNOW  ISHOW YOU HOW
 辿り着きたいままでいたい 1番良いのはまだ来てないんだ

 たとえ褒められたって コケにされたって やっぱりお前だけ
 比べられたって まるでアテなんねえ 信じてんじゃねえ
 乗り越えて行くのはお前だけ お前を乗り越えられるのはお前だけ
 良い奴一杯いるけど 俺等だけ 外タレでも 若手でも 誰かじゃねえ 俺等だぜ
 己等を乗り越えられるのは俺等だけ 他じゃお手上げ

 いつでも出来る いつかやろう それ俺にもあったけど 今やらないと きっとやらないよ
 取り返しがつかねえものがあるのが折り返した人生さ だがまだだ
 それ犠牲にしてもやりたかった事は定まっている ベストはまだだ まだ待っている

「THE BEST IS YET TO COME」

LIFE STORY

LIFE STORY

  • THA BLUE HERB RECORDINGS
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 マリファナできまっているキッズをパルコ前に残して、終演後は、あつまった音楽絡みの友人ら三人と、海鮮居酒屋で酒を飲んだ。こっちはこっちで三人が、三人とも、音楽できまっているので、酒量はたいして重ねずに早々に切り上げることになった。身体中に充電されたアドレナリンを、それぞれに放電する場所をみつけていかなければならなかった。他人の、本物のアーティストの、ライブのあとの独特の緊張感といおうか、しんと静かな連帯意識を芽生えさせながら私たちは酒を飲み、そして、渋谷駅前で、互いの絆を断ち切るように綺麗に、別れた。

 わたしたちの時代においては個々人の決断などは、その人間が大きな権力をにぎっていないかぎり有効ではないという見解が、そらおそろしくなるくらいに蔓延してしまった。勇敢な人間でさえ、ともすれば「まったく何の役にも立たない」決断などするのを避けたい気持にさなるのも稀ではない。いったいどこまで歩いていけるか? 壁に頭をぶつけるところまでだ。だが、いったいだれがそんなところまで歩いていったりなどするだろうか?
 エルンスト・フィッシャー「若い世代の問題」