本とgekijou

書評のようなものを中心としたblog

りとさんの絵画

 はじめて絵を買ったのはルノワールの、なにかの、複製画だったとおもう。私は二十歳になったばかりで東京でDJをするかたわら、福島の駅のなかのラーメン店でアルバイトをしていた。ルノワールを買う、ということが重要なのではなく(ルノワール? といまになればおもう)、絵を買う、という営みそのものが私にとっての大事な儀式であったのだ、とかえりみておもう。詰まり、いろいろな本を読んできた、音楽を聴いてきた、そのオレが一冊の本をあたかも他人に勧めるかのように、だれかの居る部屋のなかに一曲の癖のある音楽をながすように、決める、という事、自分の審美眼を試すという事、に、そのころの私は興味と関心があった。そのころ、バーによくはいってバーテンダーの前で赤っ恥をかき、自分というものがたいしたこともない、という試練に幾度もくりかえし耐えていたのも、それとおなじような発想からだったとおもう。金髪でDJをしていた私のことを思い返すと、「サンボア」の洗練されたハイボールの香気と味とが、思い返される。

銀座「サンボア」

 小道りとさんから、くまの絵を頂いたのは、たしかりとさんが出されていたイラスト本をサイトから買わせていただいた時のことだとおもう。ただ描いているだけで濃密な世界観が絵画に見て取れる、そんな絵を描くかただというのに、サービス精神まで旺盛なかたで、私のところにもイラスト本といっしょに、たしか、くまが届いたのだったか。たしか、それくらいのことだったとおもう。それいらい、私はくまとともに生活をし(このくまがとても可愛く、絵画と目が合うと、いつもきょうはいかな調子か、と表情をうかがってしまう)、SNS上でりとさんと相互にさせていただいていた、そのご縁があって、このブログサイトのヘッダーその他は、りとさんの絵で飾らせていただいている(ありがとうございます)。くまの絵の額縁を買った美術品店の店員のおばさんはあら、可愛い、とはっとなった調子で微笑んでいらしたし、婚約者の友人のもと美術部員だったという女性もうん、かわいい、と絵をかこんで話していたりしたものだったし、ガラの悪いDJ友だちがハハハ、かわいいですね、と私のXの画面を開いて笑っているのを、幾度もみてきた。
 こういう表現って絵画にたいして「文学的」すぎてフェアではないとおもうのだけれども、けれども「文学的」な私なのだから敢えていうと、口に含むと果実のように酸っぱかったり、全身に甘みが走ったり、するような配色でみせてくれるのが、りとさんの絵の特徴だとおもう。最近は病身で、いろいろとたいへんなこともあるみたいだけれども、絵を描いていてほしい、とせつにおもう。私の部屋をにぎわせてくれているカブの子も、くまも、フラミニヤちゃんも、生みの親がいなくなってしまったら屹度かなしんでしまう筈で、これは赤の他人の残酷な願いなのかもしれないけれども、りとさんにただ生きていてほしい、ただ描いていてほしい、そうしていてほしい……とおもっている。

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