本とgekijou

書評のようなものを中心としたblog

(犬の日記)書き始めたころ

 この話も何度かしたのだったか、しれないけれども、小説家になりたいとおもったのは十二・三歳とかそれくらいのころで、中学生のその歳に美術部の先生が、文化芸術コンクール、みたいな公募の賞のポスターをもってきて、千広くんはいつも本を読んでいるから小説を書いたら、と云ってくださったのが、はじまりだった。
 いつも服を買ってくれる親がいなくて、親がいる家がいやだったから、本ばかりを読んでいた。
 小学校のころは図書館と小学校がちかくだったから良かったんだけれども、中学になると、図書館はなくなって、だから図書室に毎日行ったり、何キロもあるいてアダルトビデオの貸し出しのかたわら百円で文庫本を売っているようなお店にくりかえし行っていたりした。
 そこで買った、ボロボロの「嵐が丘」を読んでいると教師に「なんだそのきたねえ本は」とか当てつけに、嘲笑をくらったりしていて、その教師の元恋人が美術部のその、「千広くんはいつも本を読んでいるから小説を書いたら」とおっしゃってくださった、女性の先生だった。
 夏になると給料から、生徒のぶんのアイスを買ってくれるような先生だった。
 田中先生、といったような気がするナ。
 その時から私は小説家をめざした。
 コンクールでは入賞をして時計がふたつに賞状が二枚送られてきて、校長先生がそれについて長々と話をしたのらしかった。その時には私は登校拒否をしていて、たまたま通学したいちにち、四、五人の教師がいれかわり、たちかわり、私の目の前に現われては「あなたは小説家になれない」「てめえふざけんじゃねえ」「てめえの云われていた文章なんてゴミだ」「校長の云うことなんて本当なわけがねえべ」などと云ってきたのには、辟易とした。
 みな、私が統合失調症の母親のもとでそだっていることなど知らず、多重人格みたいな病気にかかっていることもしらなかった。