本とgekijou

書評のようなものを中心としたblog

「小説とは何か」に就いて

 文学とは何か、とか、とくに「純文学」なんていうのやっていると標榜をすると――標榜をしている、というよりもしかたがなくそういっている、という感覚に近いのだけれども――俗っぽい言い方で、聞かれたりする、そういうことを訊くひとにかぎって「純文学」的なもんにへんなコンプレックスがあって、「あれって意識高い系でしょ~」とかそういうことを云いやがる。まあ、誤解も理解っていうか、そういう偏見を助長させてきたいろいろな過去があんだろうから、べつに、それでいいんじゃない、しょせんは読み物、道楽の話なんだし、ともおもう。
 卑怯な言い方だけれども小説ってもんは何か、がそもそも定義が不可能なんで、純文学が何か、というものも答えがないんだよ。本邦において「純文学」という言葉が使われだしたのはいつごろからか、とかそういう研究はあるけれどもね。

 中間小説とは何か、ということはあんまり云われないね。ラノベとは何か、とか。
 文学の場合には、文学とは何か、ということは作者もなんか適当な講演会の議題にしたり、他人から聞かれることも多い、それは文学というものが文学とはなにか(すくなくともこの今書かれている小説とは何か)、ということをメタレベルで問い続ける傾向をまま有しているからにほかならない。
 ミステリーは、作者が一番かんがえてきたかな。けどもう人材が枯渇したね。京極夏彦とか、法月倫太郎とか、綾辻行人とか、そういう新本格の一部のひとたちは、ミステリーとは何か、ミステリー小説における謎とは、解決とはなにか、ということをかんがえていて、それ自体が小説の大きな仕組みやバックグラウンドになってきたけれども、ミステリーの読者ってバカなんだよね。それに付き合うことができない、人文知がないの。そんなんだから今みたいにミステリー小説じたいがキャラクター小説化していった事情があって、それはどこかほかの記事で書いたけれども。
 話になんないもの、ミステリーの読者って。ただ面白い、面白くない、それを云っているだけだもの。

 一応、口承文芸、自伝文学、メルヘン、とか分類をしていくアプローチとかもあるにはあるが、こうしたアプローチが用意している前提はそれ自体がジレンマに陥りがちで、それというのはなぜかというと、そもそもが「言葉」というものが「時間」と密接にかかわりをもっているから。
 時間っていうのはなにかっていうと、ひとまずは無限の拡がりを有して、私たちの眼前に広がっているわけだ。
 同時に「言葉」というのは、たえず「時間」からの自由性を獲得し続けている。ここで言葉、っていうのは、辞典とかを開いてみた時の言葉だね。いろいろな単語が並んでいて、私たちが辞典を開いてそのなかの一つの言葉に出会うのは、どうあれ恣意的に出会うのにほかならないの。
 わかる? 言葉は時間をもっていない。
 けれどもフィクションっていうのは、そこに始まりと終わりであり、終わりへとむかう志向性をほかならぬ言葉によってつくりだす、という時間という自然なもの(ここで云っている時間って自然なもんなんだけれども)に人工的に手を加えてしまった果実にほかならない。
 日常生活のことをかんがえればわかるんだけれども、それで、時間に区切りをつけることって本質的に意味がないのね。五分間なにかをする、八時十分から十五分、として、なにかをしてそこに内容があったとしても、十分から十五分という区切り自体にはなんにも意味がない。そもそもがそうやってかぞえられていく「時間」という概念そのものも人間が作り出したものにほかならず、そういわずとも、あまりにも広大に過ぎる、無限のように広大に過ぎるから、五分間という時間を数えたてたところでかぞえる行為自体に意味をもたせることができないの。
 その意味のなさっていうのが、小説の定義の不可能性の大きなファクターのひとつなんだよ。
 もちろん、区切られた時間、はじまりと終わりの時のなかに、いろいろな物語の内容とか、なんとかは含まれていて、それを私たちは鑑賞をして批評をくだしたりすることは可能、またその過程のなかで文学とは、小説とはかくのごときものかと「狭義の」定義を見出していくことは可能なのだけれども、現代ですら日々量産される多彩というのでもおさまりがつかない、「文学」、「小説」そのものの定義は時間の無限性のなかに溺れて沈んでいく、不可能性のうちにあるわけ。
 こんなのは私の考え方で、こういうのはほかにだれかが絶対に云っているんだけれども。ポール・リクールが「時間と物語」とか書いているけれども、未読なんだ、その本。物語的自己同一性とか、タームには惹かれているんだけれども、読む時間が捻出できないこのごろです。
 小説とは何か、とか、定義についておもうのは、ひとまず、それがひとつ。きょうはちょっとそれっぽい記事になってしまった。