本とgekijou

書評のようなものを中心としたblog

解離性障害をめぐる天使・森・歌舞伎町の話

 解離の病理学の分野には、守護天使という用語がある。
 多重人格(わかりやすいように解離性同一性障害、DID、ではなく多重人格、と敢えて書いてしまっているが)というのは、あまりにも悲惨な、トラウマティックな状況に直面した際に、現実から「自分」を切り離すために、自分自身のそれではない「人格」を生み出すことによって、現実の体験を代替的に、その「人格」に引き受けさせるのであったが(大体のぼやっとしたイメージ、アウトラインとしてはそうで合っているはずであり、詳しく知りたい向きは専門書に当たることをもちろんお勧めする)、それは「人格」というよりは「空想の友」のようなかたちで、あたかも外部にいる他者のような振る舞いをみせることがある。基本的に、これはヤスパースの「実体的意識性」などの概念によって言い当てることしかできないらしいのだが、私の経験論からいうと、「空想の友」は「私」の身体に触れてくるなどして幻覚様の体験(触感)をもたらしたりすることがあり、おおむね「天使」的存在であることが多い。過酷な現実から守るために現われた天使として、助言や、アドバイスをくれるわけである(いわゆる多重人格の場合には、黒幕人格という怖い人格があったりするらしいのだったが)。
 こうした話は山岳登山者の記録などに多く記されており、「サードマン現象」と名付ける者もある。「サードマン」に記載されている事例ではほかに、九・一一テロルのサバイバーなども、「早くここから逃げろ」と天からの声を聴いた、といった記録もある。

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 これは二十年ほど前のことになる。いわき市小名浜。たいした事情ではないのだが女に捨てられて、そのいわき市のうっそうたる森のなかを、深夜から朝の六時ころまで三、四時間かけて、歩いていたことがある。落ち武者の幽霊がでると噂の公園から、幽霊トンネルを二、三本抜けて、真っ暗な闇のなかをただ、ただ歩いた。三叉路に立つと身体全体の血がかたまったように、戦慄が走り、パニックに陥りかける。遠い山並みの樹影がくろぐろと空には浮かんでおり、巨大な雲のむこうの三日月が、かろうじて、路面を照らしていた。最近、試しにおなじルートを半分くらいまで、歩いてみたのだったが、グーグルマップを持っていても道は錯綜しており、どういうことだ、とあっけにとられた。あの時に私は「天使」に誘導されていたわけであったが、ならば「天使」は途轍もなく精確な方位磁針を持っていたとしか、説明ができない。そうして実体的意識性といえそれは私が産みだした天使であった以上、私のなかの力を、洗われた石のような鮮やかさで、精確さというかたちで、天使は、その時に、発露をさせていたのである。

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 歌舞伎町という街に天使がまだいた頃は、リーマンショックを抜けてからしばらくのあいだであったはずだ。風俗店。風俗店。焼き鳥居酒屋。黒人の客引きなどにぎょっとしていると天使が現われ、さあ、こっちに進むんだよ、といったことを私に告げて(告げてといっても、幻聴が聞こえるというわけではない。自然とうかんで来る内心のひとりごと、というのに近いだろう)、それにいざなわれて街を歩いていたことがある。もちろんコロナ前であったし、まだあの、表の冷やしたパイン売りに台湾人たちがむらがっている八百屋が商売をしていたころのことだ。今、私は歌舞伎町を歩くことにさして大きな緊張感をもつことがそもそもないし、天使たちと歌舞伎町を歩くこともない。
 東京で岡野憲一郎先生による解離の治療を受け、同時に柴山雅俊先生の著書を読んでいくうち、私のもとから八人ほどいた「天使」たちはもののみごとに消えてしまった。理由は複合的であるしここに書くべきでもなかろう。ひとまずはそれは私が、はっきりとした「私」という場所をみつけたからということでもあったろうが。