本とgekijou

書評のようなものを中心としたblog

ガルシア=マルケスなんて、たいして面白くないじゃん

 浅田彰もどこかで言っていたけれども、マルケスって全然、いい作家とおもわない。いかにもノーベル文学賞って感じだし。
 いろいろあるが、ひとまずマジックリアリズムについては、カフカが草分けだろう、と私は考えているのね。
 ハプスブルク帝国下のチェコに、ドイツ語のできるユダヤ人として生まれるっていう、いつなにが起こって生死が左右されてもおかしくない状況というか、現実世界が広がっているわけだ。それを十九世紀的な丹念さが残ったリアリズム的な筆致で書いていったのがカフカ。
 それが、マルケスになると十九世紀的な部分がなくなる。それと、マルケスの生地に行ってそこの人らに訊くと、嘘かほんとか分からないけれども(だいたい故郷の人なんてのは故郷生まれの成功した作家なんて軽蔑的にみるものだしね)、マルケスの書く世界なんてここでは日常茶飯事だ、とか言うみたいだしね。あいつ。どうでもいいエッセイスト。高野秀行が書いていたことだけれども。

 大体ピンチョンは現役だからちがうとして、ラテンアメリカがどう、というのは新人類世代が好きだったやつでしょう。蓮實重彦がヌーヴォ・ロマンを「古いブームで」とか言っていたのを聞いていたような世代の人たちが、なんか、好きなんだよ。
 なんなんだったんだろうね、あれ。そこを押さえておけば取り敢えず手堅い、若い層にも見栄えがいい、みたいな非常に見え透いた感じ。
 もちろん読めない人も困るわけだけれども。マルケスを読んで笑えない、読解力の足りていない層というのもごっそりいるわけだから、読めないのは論外として。笑って読む小説だからね、マルケスって。だから(これは実体験だけれども)新宿ピットインとかでジム・オルークのライブに行って、隣に座った若い子がなんか本を開いていて、みたらそれが「百年の孤独」だった、とか、そういうのは人心地がつくんだよ、ああスノッブっていいものだな、っておもう、それは素直にそうおもうんだ。おもうっていうか、強く、感じる。
  まあ、私もいろいろ、読んだ口だけれども……。
 「テラ・ノストラ」とかもちゃんと読んだ。あとはドノソとかは好きかな。
 というのは、なんか、「百年の孤独」が文庫化だ、とかニュースになっているけれども、ようするに、それだけ消費財貨が尽きている、っていう話にしか聞こえないのね。どうでもいいじゃん、新潮文庫的に薄っぺらく権威的ってだけで。それだけ、ほんとうに文学の消費財貨が尽きているわけだよ。これはもう世界的な現象でね、出版産業がどうとかいう以前に、小説が力尽きようとしている、やっぱり近代のものなんだね、小説っていうのは。