写真を画くことはむずかしい。ひとつの記憶を鮮明に、ひとつの記憶としてとどめておくようにね。
わかってる、とぼくは言う、それにそこに「とどめておく」をしていられた記憶も、たしかな記憶じゃない。
まったく、ときみは言う。だいじな時代の正確な記憶をもっている人たちほど、いまは介護施設おくりになってしまっているのだもの。
老人たちの記憶は当てにならないよ、とぼくは悪意もなくかえす。
その悪意は悪意であったとしても、いまはもう、会話のさまたげとなるものではない。品性のあるきみはひょいと眉根をあげて、ぼくへの応答とする。
風がふいている。きっと、冷たい風だ。そこには空白のベンチだけが玉座として残った。