本とgekijou

書評のようなものを中心としたblog

人文書

「一種のはじらい」――ジャンケレヴィッチ「死」、末井昭「自殺」

死がわれわれのうちに呼びおこす一種のはじらいは、大部分、この死の瞬間は考えることも語ることもできないという性格に由来している。生物としての連続に一種のはじらいがあるように、越経験な停止にも一つのはじらいがあるのだ。定期的な欲求の反復がなに…

「柔らかい穏やかな光の地帯」――サガン、アンドレ・モーロワ

ものうさと甘さがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。その感情はあまりにも自分のことだけにかまけ、利己主義な感情であり、私はそれをほとんど恥じている。ところが、悲しみはいつも高尚な…

「どこにでもある、ありふれた話だ」――杉本博司、ペソア、アルトー

恋人にモノでも贈ろうかと銀座の街をふらつくが、宝飾店に入るほどの大上段の心意気でもない。室生犀星が書いている、「女の人にものをおくるということは、たいへん嬉しいものである」(「随筆 女ひと」)というような得手勝手な欲求を、みたす分だけのほん…

「混沌の中に秩序を発見すること」――メアリー・ウォーノック「想像力」、岡野憲一郎「快の錬金術」など

日本の純文学、といった時、ステレオタイプとして連想される性質の文章をひとつ、引いてみよう。この場合ステレオタイプに過ぎる、のであったが。 彼は剥げた一閑張の小机を、竹垣ごしに狹い通りに向いた窓際に据ゑた。その低い、朽つて白く黴の生えた窓庇と…

文学賞を獲って起こったこと――鹿毛雅治編「モチベーションを学ぶ12の理論」、アルフィ・コーン「報酬主義をこえて」、西村賢太「雨滴は続く」

小説家になどなったところが何になるのだったか。 実際にはどうなるのか? はれて新人賞を受賞をし、賞金が五十万程度、受賞作が単行本化されて十万二十万程度の印税、以降大体一枚五千円程度の原稿料(源泉徴収で一割抜かれる)で芥川向けの中篇を書かされ…

「死を飼い慣らす」――西部邁「知性の構造」、「死生論」

保守派の論客として知られる評論家の西部邁(すすむ)さん(78)=東京都世田谷区=が21日、死去した。警視庁田園調布署によると、同日午前6時40分ごろ、東京都大田区田園調布の多摩川河川敷から「川に飛び込んだ人がいる」と110番があった。飛び…

「そこはわたしが生きている場所なんだ」――「果報者ササル ある田舎医者の物語」

あるとき、彼は患者の胸部に深く注射の針を差しこんだ。苦痛はたいしてないはずだったが、患者は気分が悪くなり、その不快感を説明しようとした。「そこはわたしが生きている場所なんだ。そこに針を差しこまれているんだから」「わかるよ」とササルは言った…

「マーシャル諸島ジャーナル」――N・ボルツ「世界コミュニケーション」、スティーヴン・A・ロイル「島の地理学」

世界社会という概念の意味に疑問を呈するだけの理由は、十分にある。しかし、経済がグローバル化し、政治が国家の枠を超え、世界規模のコミュニケーションが日常的現象となっていることに、疑問の余地はない。だから、私が言いたいのは、こうである。ポスト…

「フィクションは、現実を読み解くために必要な鍵を読者に与える」――横光利一「旅愁」、イヴァン・ジャブロンカ「歴史は現代文学である」

残念なことに、戦争は私たちにとって過去のものではない。かろうじて、昭和末年生まれの私たちの世代にはまだ、昭和と繋がっていた、という感覚があったと思うし、昭和史について、自分で勉強をし、どんな人物が好きであったか、かれこれの事件についてどの…

「山の手線の電車に跳飛ばされて怪我」――志賀直哉、「トラウマの過去」、「定刻発車」

志賀直哉には今でいうボーダーラインパーソナリティ障害的な気質が、多分にあったのだろう。彼の筆致自体は落ち着いているのが、おもしろい。物事をラベリングするかのように、気分で白か黒かをつけてしまったり、唐突に「キレる」ことをしたりするのだが、…

「やわらかすぎるパンには閉口するけれど」――レジンスター「生の肯定 ニーチェによるニヒリズムの克服」と心的外傷後成長、そしてフランクル

いかにも英語で書かれたそれ、と謗りを受けようが、というよりも受けるであろうがゆえに――近年邦訳されたバーナード・レジンスターのニーチェ解釈(「生の肯定 ニーチェによるニヒリズムの克服」)は、なぜこれまでにこのような、明快なニーチェ解釈が成され…

「もっとも確実なもの、つまり直接的なもの」、または離人症者と創造――カミュ「シーシュポスの神話」

アートの起源 作者:杉本 博司 新潮社 Amazon カミュに「不貞」という短篇がある。 夜の浜辺に夫婦ふたりが横になっている。夜空の星辰に思いをはせた妻が、その時にふと、かくのごとく星に惹かれている自らの心の動きこそが「不貞」なのだ、と云いだす。 ひ…