本とgekijou

書評のようなものを中心としたblog

「なんともいえない一種特別の物質」――梶井基次郎と江國香織

私が梶井基次郎の文章でとっさに思いつくのは、「愛撫」冒頭である。ここで、猫は、二葉亭四迷の「平凡」のポチのようにも、漱石の猫のようにも描かれてはいない。全き作家の感性によって猫は捉えられ、籠絡され、しかして他愛ない円環のなかにとどまり続け…

「もっとも確実なもの、つまり直接的なもの」、または離人症者と創造――カミュ「シーシュポスの神話」

アートの起源 作者:杉本 博司 新潮社 Amazon カミュに「不貞」という短篇がある。 夜の浜辺に夫婦ふたりが横になっている。夜空の星辰に思いをはせた妻が、その時にふと、かくのごとく星に惹かれている自らの心の動きこそが「不貞」なのだ、と云いだす。 ひ…

近ごろの映画レビュー

「エルヴィス」(☆☆☆) アーティストの成功譚や、どれだけ努力をしていたか、陰でどういった悩みがあったかといったことに焦点を当てるのではなく、マネージャーとの金銭問題を中心に据えてストーリーを矮小化させているため、大きなカタルシスもなければ、…

「ベイビー・ブローカー」を観て日本を憂う

「ベイビー・ブローカー」(☆☆) 赤ん坊の売買という題材は面白いし、それを取り巻く人物たちの役回りにも、配役にも瑕疵はないのだが、二時間を存分に苦痛に感じさせてくる映画。 脚本に整理が成されておらず、設定を活かせていない上、構成も冗漫で、監督…